下山ワタル|ピーグラフ

神がくれた「フェイク」という宿題 〜『V.S.G.P』のアートワークについて〜

前作の『Focus』からあまり間を置かず、次の作品をリリースするかもしれない、と黒沢健一さんから聞いたのは、たしか2009年末の東京グローブ座公演の楽屋だった。世田谷パブリックシアターとグローブ座公演の音源をまとめたライブ盤、もしくはCD+DVDのカップリングを作りたいという構想を口にしていたと記憶している。

それから半年。年が明けて春が過ぎ夏が訪れても、レコーディングについての具体的な情報はなかなか伝わって来なかった。そもそもぼくがその作品に再びデザイナーとして関われるかどうかも未知数だった。
 

黒沢さんのマネージャーから連絡があったのは、ほとんど夏も終わりに近い9月中旬に差し掛かった頃だった。会議室に呼ばれ、テーブルに置かれた次作のプレスリリースを見て一瞬目を疑った。『V.S.G.P』という新作のタイトルと説明文の中央に据えられていたのは、黒沢健一のアーティスト写真、ではなく、モリッシーがヴァイオリンを神妙な表情で弾く姿が印象的なアルバム『Ringleader of the Tormentors』のジャケット写真だったのだ。『Focus』とは違って、今回は黒沢さんの頭の中でどういうアルバムを作るか、ジャケットアートワークも含めた最終形が明確に見えているのだそうだ。そして、そのキーワードとなる言葉は「フェイク」だと黒沢さんは言った。モリッシーは本当はヴァイオリンが全く弾けない。クラシックのアルバムのような重厚なイメージの背後に潜む贋物感覚。今回の新作にも息づくロック特有のユーモア精神を表すのに、モリッシーのアルバムジャケットの世界観がぴったりである、とかなんとか。

しかも、音源を渡されてゼロからアートワークを構想した前作とは異なり、今回は黒沢さんのイメージに基づいて、フォトグラファー(L⇔R時代から縁の深い小松陽祐さん)やスタジオの予約、撮影衣装、小道具のヴァイオリン(ストリングスの藤縄さんの私物)の手配まで既に済んでいるのだという。とにかくフォトセッションからアートワーク制作が始まった。小松さんと黒沢さんの間で長年培われた呼吸により撮影はスムーズに進んでいった。『Ringleader of the Tormentors』と同じ構図を作るため、モリッシーがジャケット内で取っているポーズは不自然で、おそらく普通に撮影した写真をあとで斜めに回転させてからトリミングしているのだろう、といった現場の判断により、黒沢さんの写真もモリッシーと同様にあとから角度を変える前提で撮影されたりした。のちに出回ったアーティスト写真と本番のジャケ写の角度が微妙に異なるのはこのためである。

制作中の音源は何度か受け取っていたが、ライブ音源はまだしも、それにオーバーダビングを加えた新作のデモはぼくの凡人的理解の地平をはるかに超えるものだった。完成形はまさに「神(黒沢健一)のみぞ知る」世界だと思い、音についてはあまり深く考えず、神から与えられた「フェイク」という宿題を粛々と解く作業に集中した。

グラモフォンレーベルを連想させる特徴的なタイトル回りの図案は、事前に黒沢さんから渡されたクラシックレコードを参考にした(廉価コーナーからピックアップしたものと思われる。黒沢さんが用意してくれるアナログレコードの参考資料はディスクユニオンの袋に入っている確率が高い)。以前、HMVの月刊フリーペーパーで矢野顕子さんの連載(月刊アッコちゃん・HMV篇)を担当していた頃、クラシックの特集用にグラモフォンのタイトルの精密なオマージュを作ったのを思い出し、そのときのデータを元に進めることにした。あまりに本物そっくりだとさすがに不味いと考え、向かい合う「K.K」のイニシャルを上部に加えた。モリッシーのように背景を別の色に変えることなども提案したが、黒沢さんの「このままで大丈夫」との一言で黄色のまま採用されることになった。

小松さんからイメージ通りのジャケット用写真素材が送られてきた。1点に絞り切れず、タイトルと組み合わせた3つの案を提出した。想定していたモリッシーの構図に最も近いのは『V.S.G.P NAKED』に使われたポーズだったが、検討の結果、ジャケットに使われている写真が選ばれた。最終的に作成した3つの案全てが、アルバム本体(『V.S.G.P』)のほか「PAPER SLEEVE COLLECTION」と名付けられた、特典(『V.S.G.P Plus』)、物販(『V.S.G.P NAKED』)にも使われることになった。上がってきた3つの案を見て、続編の『Plus』と『NAKED』を作るアイデアが浮かんだ、とマネージャーからあとで聞かされた。提出したのが1点だけだったら、それらの副産物も存在していなかったかもしれない。

クラシカルなイメージをさらに強調するため、制作当時、プッシュピンスタジオというアメリカの著名なデザインユニットの回顧展で観た、シーモア・クワストがデザインしたクラシックアルバムに使われていたスクリプト体(筆記体)がデジタルフォント化されているのを知り、取り寄せてアルバムブックレットやグッズなどに使用した。CDレーベルなどで使った「V.S.G.P」の装飾文字は、海外の図案集から引用した。『V.S.G.P NAKED』の「NAKED」に使用したフォントは、本家のビートルズ『Let It Be… Naked』の書体を参考に、字詰めも含め精密にコピーした。

 
60年前に偶然生み出され、誰かがロックと名付けた音楽が、時間と空間を超えてプレスリーやビートルズなど様々なミュージシャンにバトンのように手渡され、いまもなお生き続けている。それらは全てオリジナルであると同時に、真似て学んで遊び心とともに借用された「フェイク」の産物でもある。ジャケットの生真面目そうな表情の背後には、ロックを愛する一人のミュージシャンの無邪気な笑顔が隠れている。
 

Is it real? or fake???……

vsgp-pr

 
⎯⎯黒沢健一『V.S.G.P』|P-Graph

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