1月×日
仕事場がある会社の新年会に向かう前に白金高輪で、マーク・ゴンザレスの個展「INVITATION」(LAST GALLERY)を観た。10年位前に雑誌『リラックス』やボンジュール・レコードのフライヤー等に作品がよく出ていた。相変わらず肩の力の抜けたドローイングで、スケッチブックや広告チラシなどにさらっと描いた絵が次の瞬間にアート作品になる。自由だなと思う。その後すぐ隣のNANZUKA UNDERGROUNDで、リナス・ファンデ・ヴェルデ、五木田智央、佃弘樹の三人によるモノクロ、グレースケールで描かれた作品を集めたグループ展「BW」を観る。五木田智央も懐かしい名前で、90年代後半にあちこちの雑誌で見かけたのを思い出す。名前だけは聞いたことがあった佃弘樹の作品を今回初めて見た。パースを欠いたような建物の絵が不安感を醸し出していて面白かった。
地下鉄で表参道に移動し、気になっていた吉田戦車の『あかちゃんもってる』原画展(青山ブックセンター本店)へ。0歳の子どもに読ませる目的で作った初のあかちゃん絵本、とのこと。最近絵本のデザインの仕事をいただくようになり、また自分の娘と一緒に読む機会も増えて、乳幼児向けの絵本を注意して見るようになった。赤ちゃんは0歳から1歳にかけて、顔だけ、物だけみたいなシンプルな絵柄を好むらしいけど、成長していくと、今度は逆に1ページの中に多くのものが描き込まれた絵本が好きになる、という説を聞いたことがある。本当かわからないけど、確かにうちの娘も同じ道を辿っているようだ。0歳児向け云々は別として、絵を描く職業の人が自分の子どものために絵本を作るというのは、なんとも幸せなことだ。
1月×日
どう見積もっても無理なスケジュールで進行しようとしていた仕事が開始前に中止となり、ほっとする。これでまたギャラリーに少し行ける。毎年必ず足を運んでいる見本帖本店の「クリエイター100人からの年賀状」展 vol.6に行くことにした。気のせいか、不況のせいか、予算をかけた大がかりな年賀状が影を潜め、つつましいものが増えているような気がした。金箔とか贅沢な方向に振れた年賀状がかっこ悪く見える。今回のベストは、新刊『速度びより』の装幀(→デザインの現場ブログ)を転用して作った松田行正さんの年賀状。表紙と同じく、蛍光のドットに女の子の写真(松田さんの実の娘さん)がモノクロで控えめに使われている。子どもが登場する年賀状はとかくベタベタな家族愛にあふれたものになりがちだけど(うちもご多分にもれず……)、これはセンス良かった。いつか参考にさせてもらおうかな。
1月×日
実に半年ぶりに家族三人で日曜に一日中の外出。ずっと仕事が忙しかったりして叶わなかった。武蔵野市立吉祥寺美術館で開催中の岩井俊雄さんの展示『100かいだてのいえ』のひみつへ。偕成社から出ている同名の、縦にめくる大ヒット絵本の原画と、娘さんのために作った手作りおもちゃがたくさん。段ボールなど普通に手に入る素材でつくったおもちゃは楽しそうだけど、柵に守られて触れないようになっていた。2歳になってまだ間もない娘が、触りたいと言って大声で泣き出す始末。いくつか触れるサンプルが用意されていたら、もっと楽しかったのにな。残念。あそびの実例が載っているエッセイ『いわいさんちへようこそ!』を買った。そうか、自分で作ればいいんだね。
2月×日
まもなく始まる美空ひばりさん23回忌のイベント『HIBARI 7 DAYS』の準備で連日大忙し。ようやく最後の入稿が終わって、観たかったカナダ大使館ギャラリーの「旅する版画:イヌイットの版画のはじまりと日本」へ。北極にあるイヌイットのコミュニティーに、カナダ政府の役人が日本で学んだ版画技法を伝え、そこから遠い異国の地をつなぐ不思議な文化交流が始まった。このエピソードだけでも十分面白いけど、実際の作品も、日本の繊細な技法とイヌイットの独特のかたちの捉え方がミックスした、素朴で味わい深い仕上がりになっていた。大使館内の図書館で見たイヌイットの古い作品集を、米アマゾンで調べて注文してしまった。
2月×日
『HIBARI 7 DAYS』が無事開幕。実際に幕が明くと予想もできなかった素晴らしさで、何度もホールのある三軒茶屋に足を運んでしまった。きょうは一休みして新橋〜銀座へ。G8の「亀倉雄策賞の作家たち1999-2010」(大胆な作品が並ぶ中、植原亮輔氏の繊細なスモール・グラフィックスが目を引いた)を急ぎ足で観た後、ギンザ・グラフィック・ギャラリーで、ザ・デザイナーズ・リパブリックの復帰記念展「イアン・アンダーソン/ザ・デザイナーズ・リパブリックがトーキョーに帰ってきた。」。「TDRの次章」はこれから始まるということらしく、全盛期の90〜00年代の作品がメインで、復帰以後の仕事はまだ多くなかった。
3月×日
青色申告の準備など。表参道OPAギャラリーで前から見たかったHITOさんの個展「樹と色」をやっているので観に行った。たしかグループ展で観たのが最初だった気がする。たっぷりした余白と素朴なタッチが一目で気に入った。静岡県在住とのことで勝手に親近感もわいて、いろいろお話した。作品を買っておけば良かった、と家に帰ってから後悔した。
3月×日
仕事が一段落したので、3月の平日に休みをとって、箱根で家族で一泊することにした。昔、夫婦で何回か遊びに来たことのある強羅公園のそばに宿をとり、二日目の午前から彫刻の森美術館へ。一番の目的は娘が好きそうなアトラクション「ミッフィーはどこ?」だったが、これはアートというよりは電気を使った子どもの遊び場で、主役の娘がぐずって大泣きしてしまったこともあり、早々に出てきてしまった。それよりも全く知らずに通りがかって入った、ハービー・山口さんの写真展「軌跡 1979〜2010」が素晴らしかった。有名なパンク・ムーブメント真っ只中のロンドン修業時代の少し前から現在に至るまでの写真が、あの余韻を含んだエッセイの断片とともにずらっと並んでいる。ぼくが東京に出てきて間もない頃、一度だけ撮影の仕事でご一緒したことがあり、その思い出が昨日のことのようにまだ心の奥で燃えている。ハービーさんの20代初期に相当するような、本当に箸にも棒にもかからなかった初心の頃のことだ。その記憶にまた強くふうっと息を吹きかけられた気がした。「暗闇の中でやっと見つけた希望のひかり、そのひかりに導かれる様に出会う人々にカメラを向けた。」という20歳の写真に添えられたコメントが好きだ。野外の彫刻もたくさん見て回った。娘が大きな目玉焼きのオブジェに乗って遊んだ後、どこに行っても「目玉焼きのところに行く!」と言って泣き叫ぶのに付き合わされたりした。
こんな形でリフレッシュできたのは本当に久しぶりのことだった。箱根から帰宅した翌日が3月10日、旅の余韻に浸りながら、たまっていた仕事に向かいつつもなかなか思うようにはかどらず、娘の遊びに付き合ううちにのんびりと時は過ぎていった。そんな穏やかな時間のすぐ先に「震災以後の世界」が待ち受けているなんて、そのときは全く知る由もなかった。[翌日以降へ続く]